新年の始まりに当たり、大勢の人たちが神総本部を訪れています。「家族そろって、新たな年を迎えられた御礼を神へ…」「教えに生きて、悔いのない一年を歩めるように…」。すがすがしい空気が満ちた神殿で、それぞれが感謝と誓いを胸に、神にご挨拶。聖日40年の幕開けです。

一人一人を仕合せ、幸福へと導く救いの手だて、「希望の光」が開かれた昭和62年11月15日、「聖日」。今年は、そこを起点に、聖日40年の節目の年です。人々を救う力がいや増し続けているこの時に、仕合せを手にするために必要な心を、どこまで磨き上げられるかは自分次第。とりわけ、ことし意識したいことは何か…。一年の指針をつかむために、多くの人々が『友輪』を大切そうに携えて「祈願祭」へ。ひと言も聞き漏らすまいと、神主教会長先生、教主正使者供丸光先生、神奉仕供丸清先生のお話に耳を傾けました。

最新の神示から、月々気付きを積み重ねていけるように、『友輪』を一人一冊、家族で手にして

神奉仕供丸清先生と、神主教会長先生がお話しくださったのは、「学び」と「祈願」の重要性です。「心」を守ってくださる神にどれほど力があっても、私たちの「祈願」がずれていては、魚屋でキャベツを求めるようなもの。せっかくの努力も、報われなくなってしまいます。しかし、“人生の羅針盤”である「教え」を学び、「祈願」しながら自身の心のありようを修正すれば、生き方が変わり、仕合せを必ず手にできます。その時、決して欠かせないものが、神との橋渡しとなる「御神体」です。身近な例えを交えたお話に、出席した各人が深くうなずいていました。

神奉仕供丸清先生

神主教会長先生
教主正使者供丸光先生は、ことしがどのような年で、どう心を高めていけばよいのかを、神示を基にご指導くださいました。自分では「正しい」と思っていても、時代の流れから外れていれば、成果は出ません。だからこそ、周りを思い、心を重ね、「調和」して生きられるように“人柄”を磨くこと。その実践は、人間関係の基本となる家庭から――。新たな年も教えに生きる決意が、それぞれの胸に湧き上がりました。

教主正使者供丸光先生

式典終了後、家族や仲間と笑顔を見せる出席者たち。“ことしの指針”をつかみ取り、「一日一日、悔いなく歩み抜く」という希望にあふれています。
「“人格を磨く”と聞いて、振り返ったのが『十教訓』でした。つい『自分が、自分が』と思ってしまう私は、まだまだこれから…と反省です。先生方がお話しくださったように、ちょっとした心の動きも大切に、感じのいい人を目指していきたい。周りの人たちとの関わりを大切にしながら、家族みんなで心を高めていきます」。
「昭和50年ごろ信者となった私は、救世環境が高まるのを目の当たりにしてきました。希望の光が開かれてからは、落ち込みやすく、こだわりやすい性格が、随分切り替えられるようになって…。きょうの式典もそうですが、神魂が、事有るごとに、あらゆる角度から、成長につながる気付きを下さっていることに感謝。学んで、祈願して、もっと実体修正を目指します」。
「祈願祭」の視聴会は、1月いっぱい実施します。どうぞ、ご家族そろって、神の館にお越しください。
感情に流されることなく、生き方を高めていくには、神のお力がどうしても必要です。分魂である「御神体」を通して祈願するから、神に思いが届きます。ことしも、朝夕、事有るごとに祈願し、人たる人の感じ方、考え方を身に修めていこうと、誰もが丁重にお預かりしています。

旧年の御神体は、1月23日の「清礼の儀」で、御魂抜きを行います。分魂には、不安や葛藤、憤りといった、さまざまな思いがこもっています。それらを全て、神の御魂と共にこの神事で抜き去ります。一人一人の心も清められ、実体が引き上げられます。御神体は「清礼の儀」に間に合うように返納し、昨年の思いを引きずることなく、真っさらな状態から新年のスタートを切りましょう。
[返納期日]
神総本部 1月20日
偉光会館 1月15日

家族と共に神の館へ。あちらこちらで温かな触れ合いが


活気あふれる各地の様子
写真追加(8.1.6)