今年は、聖日40年。人々を救う「希望の光」が開かれた、昭和62年11月15日を起点に、40年となる節目の年です。神と正しく向き合えるなら、その家の悪しき因を断ち切って、家族中が根こそぎ救われる今の時代。1月、新年信者参拝時の神の館には、「御神体」のお預かりに、返納に、『友輪』の受け取りに…と、大勢の方々が訪れています。

家族と共に神の御元へ足を運び、御神体をお預かり

一年間お守りいただいた感謝を込めて、御神体の返納を
旧年の御神体には、「怒り」「苦しみ」「迷い」など、私たちの“心の汚れ”がこもっています。どんなに努力しても自分では流せない、これらの思い。返納御神体から神の御魂を抜くと同時に、一年の間に積もり積もった思いも、各人の心も、清めていただけるのが「清礼の儀」です。その神事が、1月23日、神総本部 真実の光会館 光明殿で、神の使い人により挙行。信者を代表して、友輝会(15歳から30歳の未婚者)の青年たちと、20代から40代までの係が参列しました。

「清礼の儀」に合わせるように、梅の花がほころび始めた光明殿
「新たな年を迎え、信者の皆さま方が、ますます神の教えを心の支えに生きられますように。よって、昨年の心の迷い、苦しみ、悩む心が断ち切れますように…」。どこまでも信者一人一人の仕合せを願われる、教主正使者供丸光先生の祈願で、神事が始まりました。

「清礼の儀」を執り行ってくださる供丸光先生と神奉仕供丸清先生
各地から届けられた御神居用、個人用、乗り物用御神体。清めの御塩がまかれると、昨年のお守りに感謝を申し上げ、信者の姿をお尋ねになる供丸光先生。正使者の問いに神がお応えくださり、すぐさま神示が表されます。
家族で「教え」を学び
魂(こころ)休まる家庭を
築く努力をする
どこにおいても
気持ち(こころ)穏やか
焦る心は芽吹かない
温かな神魂の愛に触れ、涙を拭う参列者も。神の教えを学ぶ価値や、家族が重なる大切さをお教えいただき、各人の心には、「神と生きれば大丈夫」という安心感と希望が膨らみました。

返納御神体が納められた白箱。清めの御塩が丁寧にまかれて


終了後、供丸清先生は、神は、形ではなく、本質をご覧になっているとお話しくださいました。返納された御神体も、神の目に映るのは、各人が訴え続けた思いにまみれた姿。「神事を通して、それが真っさらに戻っています」「一人一人の良さがもっともっと引き出され、人生がもっともっと輝くことを心から願っています」。優しく語り掛けてくださいました。

参列者それぞれが、神の実在を体感したひととき。「とにかく『仕合せになるんだよ』と言われているようで、胸がいっぱいに…」「尊い空間に立ち会えた感動で、背筋が伸びました」「何とも心がすっきりして、自分から人に関わっていこう!と、すごく前向きになっています」。誰もがますます人格を磨いていこうと、意欲に燃えています。
「並んだ御神体の中に、私や、偉光会館の仲間の物がある、みんな清めていただける…と思ったら、涙が止まらなかったです。供丸光先生が、目の前で、神と私たちをつないでくださるのもありがたくて…。『学びの気持ち(こころ)が薄い』にドキッとしたので、しっかり『友輪』を読み込んでいきます」。
「心にあった不安や葛藤がいったんリセットされて、また頑張ろうという気持ちが湧きました。『信者・家族は 関わりが薄い』と教えていただいて、ちょっとした会話不足が、家族への不満を生み出していたかも…と反省です。今年はたくさん会話して、思いを聞いていきたいです」。
「供丸清先生のお話を聞いて、あらためて“心”の重要性を感じました。自分で見えていないことに、気付かせてくれるのが神示。そう思ったら、家族みんなで『友輪』を学んで、心をよくよく省みていこうと思いました」。


12月に行われた「清魂の儀」で、「迎える年も 変化(ながれ)は早い」と表された、聖日40年の今年。救いの手だては全て整っています。目まぐるしい変化も物ともせず、誰もが流れに乗って、悔いのない日々を過ごせるのです。そのために、家族一人一人が『友輪』を手にし、みんなで神示を読み込んでいきましょう。必ず気付きが得られ、生き方を大きく高めていけます。ますます家族への愛が膨らみ、関わりが深まり、心が重なって、仕合せの基である「和のある家庭」が確かなものとなっていくのです。

さまざまなご事情で、前年の御神体の返納ができていない方は、お早めに神総本部、偉光会館へお納めください。